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書籍感想:小町紗良さん『Diamonds Are a Girl's Best Friend』

書籍感想:小町紗良さん『Diamonds Are a Girl's Best Friend』

表紙、良〜〜!!

小町紗良さんの新刊、ガールズジャズバンドlittle black dressをめぐる『Diamonds Are a Girl's Best Friend』読了感想です🥁
ネタバレ全開なので、まだ読み途中orこれから読みたいという方はお気をつけて!


皆さんはジャズのことどれくらいご存知ですか?
私は「BGMとしてどこかで聞いたから旋律だけは知ってるけど、曲名は認識してないものがほとんど」「ジャズプレーヤーの名前もほぼ知らない(かろうじてビル・エヴァンスは分かる)」ぐらいのフワフワ加減でした。一昨年まで。

2022年、紗良さんがいきなり取り憑かれたかのように()little black dressの設定ツイートやSSを大量に書きはじめたことで、TL越しに二年ほどジャズを受動喫煙しまくり以前よりはすこし分かるようになったのですが、まだ全然知らないことが多いです(伝説のジャズドラマーとして名高いアート・ブレイキーも今月初めてちゃんと聴いた / 『BLUE GIANT』を観ておきながら…!!? / はい……)。
Diamonds Are a Girl's Best Friendがジャズのスタンダードナンバーだということも、たぶん紗良さんの創作に触れてなかったら今後も知らないままだったんじゃないかなあ〜

それぐらい音楽に馴染みが薄くても、楽しかったよ!!ということで各話感想を述べたいと思います👠

『Diamonds Are a Girl's Best Friend』について

ガールズジャズバンドlittle black dressのメンバー(+バンドのプロデューサー)それぞれの視点で描かれるストーリー四編を収めたオムニバス小説。
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バンドの結成秘話であるとともに、各メンバーと音楽の結びつきや、(架空の小国デタラメリパブリックという異国で)女性がジャズを演奏するという行為に生じる社会的な波紋も含み、射程がかなり広いです。
そのうえで読み味は軽やかなので、その射程に気づかないまま楽しく読み終えることもできてしまう、でも一度気づいたなら、後からさらに繰りかえし味わえる一冊。
音楽用語の解説ペーパーも付いてくるので、ジャズに疎くても安心!手厚い!(いやマジで助かりました わたしは音楽を雰囲気で読んでる人間……)

あとこれは完全な余談ですが、じつは昨年、little black dressのライブレポという体の(??)二次創作小説を紗良さんのお誕生日に書いたんですよ。
→un bon souvenir
当時は本編がなかったので、ほぼ妄想とイメージで織り上げたようなもので……それが今回ようやくライブシーンをじゃぶじゃぶ読むことができ、大変眼福でした。

ではでは、以下、各話感想です。
収録作のタイトルははいずれもジャズのスタンダードナンバーが由来ですね。

Moanin'

アート・ブレイキー演奏の「Moanin'」、本書がきっかけで初めて聞きました。いや、人生のどこかできっと耳にはしてるんだけど、自分から聞きに行ったのは今回が初。

冒頭を飾る、本書でいちばん好きなお話です。
ひた隠しにしていた過去を、勤め先の偉い人にいきなり突きつけられる(しかもエレベーターという閉鎖環境で。嫌!)というスリリングな導入から、まだウェンズデーではないアンナがジャズに触れ、奔放な若きベーシストであるアシュレイと出会い、闘志を燃やしていくという流れるようにスムースなストーリー。
"あの子をぶっ倒したい"、めちゃ印象に残るセリフですね。困惑したまま状況に流されてきた彼女の瞳孔が一気に収縮して、目的にフォーカスされる感じ。スポ根のきらめき(というには昏さのある光)を感じる……

lbdのメンバーでいちばん、ウェンズデーが好きです。
傍目にはいちばん温厚な、優しそうな、常識人のような雰囲気でありながら、じつはめっっっちゃくちゃ負けず嫌いで、内に闘志と怒りを滾らせ、情に厚く、本気になったら何をしでかすか分からないところが……(このへんは次話「Misty」でさらに顕著ですが)
彼女の過去にまつわる設定は以前から知っていたのですが、本書で初めてlbdに触れた人はどんな印象の転回を味わうことになるのかと思うとにんまりしますね。

「Moanin'」、意は「うめき声」。
メンバーでいちばん呻き声が似合う(その上で這いあがってくる)のもウェンズデーだと思う。かっこいいよ………

Misty

こちらも読了後にはじめて曲を聴きに行き、予想以上の甘さにビビり散らしました。

それがカバー次第でこんなに雰囲気変わるんだから凄いよな〜〜

アシュレイのお話でありつつ、前話から続くウェンズデーの過去にひとつのピリオドが打たれる話でもあり、そして「ガールズジャズバンド」という存在が世間からどのような眼差しを向けられるか、のお話でもありますね。
アシュレイがハイスクール卒業したての最年少だから尚更に際立つというか。

現代において女性が期待されがちな諸々、あるいは想定されがちな諸々。
アシュレイ、いや、ロリータ(およびバンドメンバー)に向けられる「ビジュアルで媚を売ってる」という悪口も、彼女がウェンズデーに抱いた「男ウケしそうな雰囲気」なる偏見もひとしく書かれる。
最終的に、その辺ぜんぶまとめて置き去りに、アシュレイとウェンズデーのふたりが手を取りあって突き進んでいくので、霧が晴れるような爽やかな読後感があります。(爽やかという割には闘志もバチバチに漲ってる気がするけど……)
アシュレイに憧れてベースを始めたハイスクールの後輩が書かれるところも好きです。

ライブセッションのシーンは、本作の「My favorite things」パートがいちばん好きです。
とか言っておきながら、読了後に曲を聴きにいくまで、曲名と音楽が脳内で一致していませんでした_(:3 」∠)_ 懺悔
サウンドオブミュージックも観たことないの!実は!
なんの曲やってるか分からなくても、セッションの掛け合い描写がかっこいいというのは分かるんや……

聴きにいった私「あっっ京都行こうの曲!!!」

The Entertainer

これも最初は、曲名を見てもわからなかったんですよ。
Spotifyで検索して、最初のワンフレーズ聞いたとたん「あ〜!!これか!!!」って膝を打ちました。ぜったい何度となく聴いてる、でも知らなかった。
確かにこれを楽しそうに演奏してる人がいたらこっちも笑顔になってしまいそう。

いっとき全文公開されてたけど(楽しみに取っておきたくて)当時は最後まで読まずにいたので、あらためて直視する結末に、ああ〜〜…。もうニューイヤーパーティ開幕の時点でなんとなく嫌な予感がしたし、見送りのシーンですべて察してしまい……
恩師のジョシュアが亡くなっているのは序盤で示されますが、その死がまたあまりに呆気なく、軽く、ちょっとしたことで変わったかもしれない、という事実が、少女だったエリザにどれほど深く突き刺さったか。
その上でなお二人をピアノが繋ぎとめている、鍵盤に張りつくような抱擁のシーンがとても印象的です。

おじさんと少女のほろ苦い児童文学、やっぱり紗良さんの面目躍如って感じがありますね。『Merry Happy End』とはまた違う雰囲気ですが。
都会で挫折し田舎にも居場所のないジョシュアおじさんが、可能性の塊である少女のエリザに「失敗してくれて良かった」とプレーンに言い放たれて、笑いながら泣いちゃうところ、大好きです。失敗しても人生は続く、失敗しなければ出会えなかったあなたがいる。
おしゃれな映画館で上映されてそうな短編洋画の趣きがある……

Diamonds Are a Girl's Best Friend

前述のlittle black dress二次創作小説を書いたときに初めて聴きにいった一曲。でも当時はちゃんと歌詞まで聴いてなかったので「ハリー・ウィンストン」の名前がここで出てたことに今回やっと気づきました。だからギャツビー氏の腕時計ハリー・ウィンストンなの?

本作はスカーレットさん視点、ではなく、バンドのプロデューサーであるギャツビー氏の視点なので、これまでの三作の舞台裏でもありますね。
ご本人が執筆にいちばん苦戦したと仰ってたとおり、たしかに文の各所から苦悶の気配を感じます。ジャズという音楽の政治性と、ジャズを書くこと。苦悶してるのはギャツビー氏でもあるけど……

とか言って、ギャツビー氏に見出されたばかりのスカーレットがあまりにもファム・ファタールであるために、なんか苦悶どころじゃなくなってくるんですよね。
「人生ってめちゃくちゃなほうがロマンチックだもの。こうなったら、私たちに必要なのはストーリーね」と言い放ちながら、ラフなジーンズで踊ってみせる歌姫。え、絵面〜〜。やっぱlittle black dressというバンドの核は彼女なんだよな……

締めくくりである「彼女たちを、もっと観たい」は読者にとっても同じで、little black dressの話をもっと読みたいなあと願ってやみません。本書はまだ序章というか…ここから躍進していく彼女たちもいっぱい観たいよ〜!(強欲)
紗良さんがデタラメ・リトル・ヨーロッパ舞台のお話をまた書かれることがあれば、彼女たちにも再会できるでしょうか。楽しみです。


やべえめっちゃ長くなっちゃったよ。
ここまでつらつらと述べてきましたが、音楽に詳しい方ならきっと、もっと色んな背景が読み取れるんだろうなあと思います。あと、音楽だけじゃなくて、映画も!!
わたしは音楽以上に映画に疎く、little black dressのメンバーが名乗る芸名の由来となった映画はいずれも未視聴なのです。『風とともに去りぬ』『ロリータ』は原作小説のあらすじをうっすら〜と知ってるけど……。
つまり映画を見たら本書をまた新たな側面から楽しめるということですね。やったぜ。

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