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文学フリマ大阪12無配ペーパー公開

先日の文学フリマ大阪12、お会いできた皆さま、遠方から見守ってくださった皆様、ありがとうございました!
おかげさまで、今回で『彼らは唯の夢』は完売となりました。再版の予定はなく、これにて終売です。通販在庫は、本日時点で、架空ストア様へ委託している数冊のみが残っています。お求めの方はご利用くださいませ:)

大阪出発前夜に無配ペーパーを作成しながら「今回は観光できると良いな〜」とか呑気に思ってたのですが、お腹が本調子でなかったこともあり、昨年に引き続きほぼ蜻蛉返りになってしまいました。せめて喫茶店のひとつくらい行きたかったぜ…笑。
叶うなら今年中にまた足を運びたいです。国立民族学博物館の展示「吟遊詩人の世界」が気になるんだ…!

さてさて、遅まきながら、当日配布した無料ペーパーの内容を公開します。
今回は『すべての樹木は光』続編の冒頭抜粋も併せて掲載しました。紙面文字数の都合で、冒頭500字ほどはカットし、文中表現も一部調整しています。
刊行時にはまた違った形になっていると思いますが、プロトタイプの雰囲気として楽しんでいただけたら幸いです。


こんにちは、もしくは初めまして。呼吸書房の風野湊です。
文学フリマ大阪12、開催おめでとうございます!

文学フリマ大阪参加に宛てて

 大阪への参加は今回で三度目となります。昨年は手術退院十日後に気合いで参加したため、ほとんど観光もせず蜻蛉返りする羽目になってしまったのですが、今回ははたして。ただいま出発前夜、午前二時、明日何時の新幹線に乗るかも未定というアバウト具合なので、散歩だけで終わっていそうな気がしなくもありません……笑。
 大阪初頒布の既刊は、昨年秋刊行の短編集『十一月の春の庭』。ショートショートや偶然、意外性がお好きな方にお勧めしたい一冊です。

近況報告

 来月、久しぶりにヨーロッパへ渡航します。2017年以来! 過去の自分が書いた旅行記や備忘録に助けられつつ、日々ちょっとずつ旅支度をしているところです。円安と物価上昇の煽りで顔面蒼白ですが、フリーランスの今のうちに思いきることにしました。
 八月にちょっと体調を崩したり、お仕事で壁にぶつかったりと、やや切ない日々が続いていたので、この機に楽しんでこようと思います。

『すべての樹木は光』続編について

 五月の文学フリマ東京で配布したペーパー内でも書いたとおり、ようやく執筆が軌道に乗りはじめました! 進捗は個人サイトのブログで月末ごとに報告しています。良かったら裏面のQRコードから覗きに来てくださいね。
 ……というお知らせだけで終わりにするのも何なので。
 裏面に、冒頭をほんのすこし抜粋して掲載します。本編から127年後の未来、どこかの植物園で起こるおはなし。断片的な一場面ですが、絵葉書を眺めるように楽しんでいただけたら幸いです。
 なお、掲載にあたり行数の都合で削ってしまった、一行目で言及している植物の正体はカラテア・マコヤナです。温室によくある植物のひとつ。レッツ画像検索。

 今後のイベント出店は、十二月の文学フリマ東京を予定しています。
 間にヨーロッパ渡航も挟むので、おそらく新刊は出せないんじゃないかなあ……と思っているものの、しれっと何かあるかもしれません。樹木続編はたぶん来年!
 良き創作の日々が、互いに訪れますように。

風野湊


【裏面】

 手のひらほどの葉のひとひらを、ゆるりと回しながら空にかざす。葉緑体を通過した光は深い緑にかがやいて、葉脈を浮かびあがらせた。孔雀の尾にも喩えられるその紋様は表裏で色が異なり、葉裏はアントシアニンの鮮やかな赤紫を帯びている。
 温室を歩く来場者の多くは、足元よりも頭上に夢中だ。天井を破りかねない長大なダイオウヤシに、宙空の玉座を思わせるオウギバショウ。トゥーリの背後で誰かが興奮気味に指差すのは、蔓と枝葉を絡ませあったヨウラクボクとヒスイカズラだ。降りそそぐように咲きこぼれる紅色と翡翠の花序は、連なる蝶のかたちにも似ていた。記念撮影の画角に入らないよう、トゥーリは微笑んで数歩下がった。
 あの木々が現実の熱帯雨林でともに咲きほこることはない。原産地のはるかな相違など、ここでは夢のように消えてしまう。
 温室は存在しないもののために作られた。
 本来ならばその土地で生存できない植物を、枯らすことなく生き長らせ、遠い熱帯の景観を幻として呼び招く。かつて富裕層の庭園で生まれたガラス造りの温室は、やがて巨大化し、植物園に欠かせない建造物となった。月日とともに空調機構が発展しても、最終的に構築されるものはずっと変わらない。大洋の横断に数ヶ月を要した過去から、宇宙エレベーターが開通した現在に至るまで、温室は異邦の生命を生かす結界なのだ。
 長大なホースを黙々とリールに巻きつけながら、トゥーリは額の汗を拭った。白い肌は日焼けして熱を帯び、淡い金髪は結いあげてなお、首筋に湿気をこもらせる。勢いよく引きよせたホースから眼鏡に水滴が跳ね、灌水表と土壌の湿度データがぐにゃりと歪んだ。旧式レンズは水に濡れると視界投影の精度が極端に落ちる。コンタクト型に変えた方が良いのは重々わかっているが、どうしても慣れることができなかった。
 眼鏡を拭いつつ、温室を一瞥する。輪郭を失った植物たちが混ざりあい、緑の光となって揺らめくその狭間を、顔のぼやけた人々が行き交う。あるいは立ちどまり、あるいはベンチに腰を降ろす。太陽に雲が掛かったのか、日差しがひととき翳って、すぐに戻った。近視の裸眼でなければ見えない、焦点の溶けた曖昧な木漏れ日に目を細めたとき、ふと樹木とすれ違ったような気がして、トゥーリは振りかえった。眼鏡を掛ければ視界はクリアに焦点を結ぶ。揺れていたのは葉叢ではなく、若葉色のワンピースで、枝幹と錯覚したのはすべらかな褐色の手足だった。突拍子もない見間違いにひとりで照れ笑いをしてしまう。
 よく見れば彼女には見覚えがあった。このところ、月に何度か姿を見せる、顔馴染みのお客だ。言葉を交わした訳でも、殊更に目立つ訳でもないが、自然と記憶に残っていた。滞在時間が長いのだ。彼女は温室にやってくると、いつも同じベンチに座る。そして長いこと植物を眺めている。

執筆中の『すべての樹木は光』続編から抜粋
「未来の植物園より」

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