Nature
本ページでは、樹木変身譚シリーズの登場生物について紹介しています。
物語の舞台は、私たちの地球と同一の世界ではありません。大陸の形も、辿った歴史も異なります。それでも、私たちの世界とよく似ています。
私たちの世界にも存在するものたちと親しむきっかけとして、楽しんでいただけたら幸いです。
各項には本編からの引用文を含みますが、大きなネタバレに抵触する箇所は畳んでいるので、本編未読でも閲覧いただけるかと思います:)
植物好きな方は『すべての樹木は光』刊行時のツイートによる植物解説スレッドも併せてどうぞ。
今後の主な追加予定:モンステラ・ウチワヤシ・木生シダ・サガリバナ・ヒスイカズラ・フィカス・ガジュマル・ゴシキセイガイインコ・クロヒョウ・カエンボク
繊細な影絵のような葉の紋様に、あの幼い子供たちは目を留めてくれただろうか。(…)手のひらほどの葉のひとひらを、ゆるりと回しながら空にかざす。葉緑体を通過した光は深い緑にかがやいて、葉脈を浮かびあがらせた。孔雀の尾羽にも喩えられるその葉は表裏で色が異なり、葉裏はアントシアニンの鮮やかな紫色を帯びている。『すべての木陰に歌を』第一部「彼女について」P13
カラテア・マコヤナ、夢の島熱帯植物館にて。葉裏は紫色
(私たちの世界では)熱帯アメリカ原産、クズウコン科カラテア属に分類される or されていた植物の総称。現在、観葉植物種の大半はゴエペルティアGoeppertia属に再分類されているのですが、植物園や園芸店では今でも一般的にカラテアという名称が使われています。
カラテアは植物園の温室にしばしば植えられている植物です。はじめて目にしたとき、影絵のような、あるいは影を身の内に抱いたような、その不思議な模様にとても驚いたことを覚えています。
影をモチーフとする『すべての木陰に歌を』の執筆にあたり描写したかった植物のひとつで、『木陰』第一部、未来の植物園を舞台としたトゥーリのパートで象徴的に登場します。
背後から夕日に照らされた彼女は、カラテアの葉の影絵のようだった。「また来ます」と、彼女は朗らかに言った。『すべての木陰に歌を』第一部「彼女について」P26
その特徴的な見た目から美しい名前をいくつも持っています。ゴシキヤバネバショウ(五色矢羽根芭蕉)、peacock plant、cathedral windowsなど…。また、就眠運動によって、夜になると葉を掲げて(まるで手と手を合わせるように)閉じることから、prayer plantと呼ばれることもあるようです。
カラテアにも様々な種類がありますが、作中で主なモデルとして想定していたのはカラテア・マコヤナ(学名Goeppertia makoyana)です。
なお、我が家には同属のカラテア・ランキフォリア(学名Goeppertia insignis)がいます。とても孔雀の尾羽!
カラテア・ランキフォリア、葉を開いた昼の姿
葉を閉じた夜の姿。夜に電気つけちゃってごめんね。
中庭の隅にあるシマトネリコの木が、キオのいちばん古い友だちだった。(…)六歳のとき、キオは木に名前をつけた。それからというもの、ふたりは声を交わさずにお喋りができるようになった。冬のさなかにも青々と、二階の窓まで常緑の枝葉を広げるトゥーリの木陰が、キオの秘密基地だった。すべらかな樹皮のくぼみに耳をよせると、いつでもやさしいささやきが聞こえた。『すべての木陰に歌を』第一部「彼女について」P40
シマトネリコ、滑らかな樹皮は灰褐色。中央上部奥に花が咲いている
(私たちの世界では)亜熱帯〜熱帯アジア原産、モクセイ科トネリコ属の常緑樹。学名Fraxinus griffithii。日本では一昔前に庭木として持て囃されたため、関東以西の住宅地を歩けば高確率でシマトネリコに会えます。街路樹にもときどきいます。株立ち(根元から細い幹を何本も出させる樹形)で仕立てられることが多いですが、たまに一本立ちの木もあります。
『木陰』第一部で、ユハが暮らす古いアパートメントの庭木として登場します。住民のキオにとっては空想の友人でもあり、お喋りを楽しめる間柄。シマトネリコの葉はひとひらが小さく、艶やかで、常緑樹にしては明るい緑色が特徴です。
六月ごろにフワフワとした小さな白い花を咲かせます。風媒花で、翅付きの種子もまた風に乗って遠くまで飛びます。作中でも時期的に咲かせているはずなのに描写し損ねたのが若干心残り…。ちなみに雌雄異株で、トゥーリは雌木です。
成長の早い頑強な木であり、飛散した種子から容易に発芽するほか、挿し木でも増やせます。熱帯〜温帯の世界各地で植えられているようですが、その特性から外来種になりがち。街を歩いていると、種から芽吹いたらしき野良シマトネリコの若木が生えているのをときどき見かけます。
ビル前のシマトネリコ。1ブロック先の生垣には明らかに野良っぽい若木も生えていた
「トネリコ」は戸練り木/戸練り粉から転じた和名と言われていますが、そこにファンタジーな響きを聞き取る方も多いのではないでしょうか。特にゲームとか神話が好きなひと。これは北欧神話の世界樹ユグドラシルの樹種がセイヨウトネリコとされているためで、ファンタジー系ゲームにはしばしばトネリコの名が登場します。『アルトネリコ』シリーズとか、ドラクエ外伝の『トネリコの大冒険』とか。
なおセイヨウトネリコを筆頭にトネリコ属は落葉樹が多く、常緑のトネリコは少ないそうです。シマトネリコの英名はそのままEvergreen Ashとなっています。
『木陰』第三部まで読了された方へ
それは幻とは思えなかった。手の中で幾度もひっくりかえし、輪郭をなぞった。波打つ縁、細い先端から丸く広がり、また細く収束してゆく。中央に走る一筋の軸。おそるおそる、鼻に近づけてみた。森の匂いがした。流れついた一枚の葉を、祈るように手のひらで包み、ユハは立ちあがった。『すべての木陰に歌を』第三部「夜の木陰を渡り」P146
トゥーリの樹種は当初、クチナシ、キンモクセイ、ベンジャミン、プルメリアなども候補でした。花木ではない気がする+常緑樹+亜熱帯の庭にありそうな樹木+マイナーすぎない+挿し木が容易である+成長が早く頑強(伐採されやすい)という条件で改めて絞りこみ、文体への馴染みやすさも考慮して最終的にシマトネリコとなった経緯があります。
トネリコの伝承は執筆時ほぼ意識していなかったのですが(無意識で影響されてはいたかもしれない)、不思議な水面に佇む一本の樹木として、シマトネリコはわりと似合う選択だったんじゃないかと思います。
さて、今から三百七十年前、森の奥深くに迷いこんだ村娘が、若いソテツの雄株に見初められた。
「ソテツって分かる?」と問われ、ユハは頷いた。
「中庭に植えてありますよね。背が低くて、幹が太くて、ざらざらした……」『すべての樹木は光』第三章「言葉のない世界」P129
居並ぶソテツ(Cycas revoluta)たち、小石川植物園にて
(私たちの世界では)熱帯〜亜熱帯の各地に自生する、裸子植物ソテツ科およびザミア科の植物たち。数百種ほどいる。日本で「ソテツ(蘇鉄)」と言う場合、基本的にCycas revolutaを指します。Cycas revolutaは九州南部〜沖縄から東南アジアにかけて自生する種で、寒さに比較的強いことから、観葉植物として世界各地に植えられています。
恐竜とほぼ同時期(2億5000万年くらい前)には既に存在しており、現在までほぼ同じ形態を保っている、いわゆる生きた化石です。二億年って何…こわ……。
生きた化石である植物としてはイチョウもよく名前が上がりますが、イチョウもソテツも精子を持つとても珍しい植物です。この辺はむしろシダ類やコケに近い特性なので、マジで太古の植物なんだなと思います。
なお、シルエットが似ているヤシや木生シダとは系統的には相当遠い種です(ヤシは被子植物、シダは種子を作らない植物)。じゃあヤシの絵文字🌴つけるんじゃないよ! だってソテツの絵文字とか存在してないから…
ソテツ類はみな雌雄異株であり、有毒です。根に共生するシアノバクテリアが毒の生成に関わっているとか。また、成長が極めて遅く、寿命も長いと言われています。なんか底知れなくて凄いぜ…ということでニイジェが語る樹木怪談に主役として登場してもらいました。『すべての樹木は光』の不穏成分を相当に担ってくれた存在ですね。
「うん、あれもソテツ。でも、この話に出てくるソテツとは種類が違う。こいつは背が高くて、幹が細くて、直立したヤシによく似てて、小さな鈴みたいな実をいっぱい付けるんだ」
彼女は、逃げる間も抵抗する間もなかった。というより、きっと、何が起きたのかも理解できなかっただろう。そのソテツは、一瞬で、不運な一人の村娘をソテツの雌株へと変えてしまった。『すべての樹木は光』第三章「言葉のない世界」P129
ここで語られているソテツは、オーストラリア熱帯地域に自生するCycas mediaをうっすらモデルとしてイメージしています。日本のソテツよりも細身で背が高く、鈴のような実(…とニイジェは言っていますが、正確には種子ですね、裸子植物なので)を付けることから、現地ではナッツパームとも呼ばれていたとのこと。
Cycas mediaの写真。Wikimedia CommonsよりCCライセンスに基づき引用
Tanetahi, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
世界各地の神話や伝承に登場するヤシに比べ、ソテツが神話に語られることはどうやら少ないようです。分布域がヤシよりも限定的だからか、ヤシのように実を食べられる訳ではなく人間への恩恵が少なかったからか…(ソテツも食用可能とはいえ毒抜きの手間がめちゃくちゃ掛かる)。ソテツ、ヨーロッパや中東地域には自生してないんですよね。自生地である熱帯地域の神話には語られていそうな気がするのでいずれ調べてみたいなあ…。
ところで大阪には、無理やり移植されたものの泣き叫んで織田信長をビビらせたというソテツの伝承があるそうです。やっぱりかっこいいぜ笑。
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